秘密

秘密と申しても、無論これは公開したくないという意味の秘密ではない、公開が不可能なのだ。人には全く通じ様のない或るものなのだ。

(小林秀雄 『私の人生観』より抜粋)

現実を生きるという行為の中には、常に理論より豊富な何かが含まれている。現実に畏敬を抱く者にのみ、現実が与えられる。そして、与えられた現実、もたらされた経験は、本人においてのみ観ることができるのだと思う。

 

人にはそれぞれに生き方があるし、与えられた現実を互いに知り合う必要はない。そんなことはそもそも不可能だとも思う。そして、別にそれで良い。

小林秀雄においては、それは文章を書くという行為に含まれる秘密なのだろう。何かに向き合って、何かを大事にして、愛おしいと思って取り組めば、それぞれに秘密が立ち現れてくるだろうと思う。

 

語り得ないから秘密だし、その秘密は自分自身にもよくわからないものである。自分自身にもわからないものは、到底、誰かに明かすことはできない。何かを伝えようとしていたとしても、それは僕にとっても想像に過ぎない。

自分のものにせよ、他人のものにせよ、そういう秘密に想いを馳せることは尊いと、僕は思っている。四六時中、そんな風に想いを馳せることはもちろんできないし、おそらくは望んでもいないけれど、秘密には尊さがあると思う。