コミュニケーション

コミュニケーションが目的なのか、手段なのかというと、僕は「手段」だと思っている。理解についても同様で、理解はそれ自体が目的になることは稀で、ほとんどの場合は手段だと思う。 単純に、コミュニケーションや理解を目的にしてしま...

扉が開かない時に、人は感覚的に「扉が壊れている」と思ってしまいがちだと思う。実際には扉が壊れていることはほとんどなくて、開き方が間違っていることが多い。 扉というのはただのメタファーで、霧というのか、無明というのか、そう...

不安

不安な人間というのは、「論理」に対して論理的でなかったり、「科学」に対して科学的でなかったりする。もっと言うと、「知識」に対して知識的でなかったりすると思う。 僕自身、論理、科学、知識に頼って振る舞っている時はたいてい不...

モノローグ

人間がモノローグ(独白的)なのか、ダイアローグ(対話的)なのか、というと、モノローグであると僕は思っている。 身体表現を含めて、言葉というものが、ただそのままに行き来するということは、極めて困難だと思うし、なんなら、対話...

確かなもの

僕は人間は孤独だと思っているし、「確かなもの」なんてものは無いと思っている。それは普通のことで、良いことでも、悪いことでも、喜ぶべきことでも、悲しむべきことでもなく、ただ、そういうものだと思っている。   ハン...

価値の所在

僕は、僕がいるという現象、その存在の構造や意味、に興味がある。もう少し広く言うと、価値の所在、に興味がある。   最近、「ルンバ」というロボット掃除機を買ったのだが、人間はなんて能力が高いのだろうと思った。ルン...

臆病

何かをしようとすると、間違えそうだと思う。正解を知っているわけではないのだから、間違っているのかどうか、なんてことはわからないのだが、性格の問題なのかもしれない。 もしかしたら、何かをしたときに、「きっと正解だ」と思える...

乖離

月並みな話なのだけれども、不意にとても寂しくなったり、孤独を感じるということがある。 もともと人間は孤独なのだと思っていることもあり、その感情は戸惑いとともに訪れる。誰でもそうなのかはわからないが、少なくとも僕の場合は、...

社会的参照

最近知り合った方が発達心理学を専攻しており、乳幼児の「社会的参照」をテーマとしているそうで、少し話を聞いた。社会的参照というのは、二者間(例えば、「母親と子ども」など)ではなく、三者間(例えば、「母親と子どもと、母親の友...

直観と意志

愛とは、直観と意志である、と思っている。必ずしも出会った瞬間に来るわけではないので、意外と直観であるということがわかりづらいこともあるが、愛するという行為には、確かにそうなるだろうという直観、確かに愛してしまうだろうとい...