怪我

先日、気付かないうちに腕を擦りむいていた。年に数回くらいは、どこで怪我をしたんだろうと思うような小さな傷や、ちょっとした油断で刃物や紙で指や手を傷つけてしまうことがあるように思う。

歳を取ると、例えば全力で走っていて盛大にころび、怪我をするというようなことは少なくなる。もしそんなことがあれば、子どもとは違って、それこそ取り返しのつかないくらい大怪我になってしまうだろう。顔と肘と膝を擦りむいた、なんてことでは済まないと思う。

 

そういう大怪我は避けた方が良いというのはもちろんなのだけれど、ふとした怪我というのは、ふとしているがゆえの、生活への影響がある。例えば、肘を意識しないくらいのふとしたところで擦りむいてしまうと、実はそのふとしたところは日常的にいろいろなものに触れやすい箇所だったりする。そうなると、擦りむいた箇所を繰り返し擦りむいてしまうことになって、なかなか治らない。そして、ちょっと痛い…。

人差し指の先なんかもそうで、ナイフや紙で不用意に傷つけてしまいがちだけれど、僕の場合は考え事をしたりするときなんかに、なんとなく指先に触れてしまうことがあって、それが傷口を開くような動きになってしまう。

 

そう考えると、気付かないくらいの怪我というのは、まさに薄皮に守られて、普段はなんともなく過ごせているだけなのだなと思う。少なくとも僕は、いろいろなものにぶつかりながらも、その薄皮によって自分は無事なのだと思っている。

これはふとした怪我もそうだし、例えば身体的な不調だったり、精神的なバランスだったり、そういったものも似ているのではないかと思う。大抵のことは無事の範囲内から少しはみ出しただけで、回復が一気に困難になるし、その薄皮は意外と丈夫で、意外と脆い。