慣性

物体に慣性があるように、感情にも慣性があると思う。慣性というのは、ここでは一旦、「車は急に止まれない」みたいな話だと思ってもらえると良いと思う。通常、運動している物体は運動エネルギーを持っていて、何かしらの力を加えないと、その運動を変えることはできない。

 

感情の話に戻すと、例えば、一度好きになった人や物事に対しては、好きであることが持続しやすい。好きだったものを嫌いになるためには、逆の力をかける必要があるし、好きであったものに対して無関心になるには一定の時間がかかる。

嫌いになった人や物事に対しても同様で、基本的には「嫌い」の方向へと進むのが自然だろう。嫌い、へと進み始めたものを好きにするためにはエネルギーが必要だと思う。(本論とはずれるが、脳神経科学の観点から、こういったことをそれとなく説明することはできるのだと思う)

 

個人的には、物体であれ、感情であれ、あるがままである方が好ましいと思っている。好きなものは好きで良いし、嫌いなものは嫌いで良い。その方が自然だし、シンプルだし、楽しいと思う。現実問題としては、好き/嫌いという話と、やってみたい/やりたくないという話があって、「嫌いな感じはするが、やってみたい」というものはまだ良いが、「嫌いな感じがして、やりたいとも思えない」ものとは、なるべく距離を取っていった方が良いのかなと思っている。

「好きだし、やってみたいこと」が30-40%以下だと、感覚的には厳しいと感じる。人格が破綻しやすい。これも感覚だけれど、「好きだし、やってみたいこと」が50-60%くらいであれば、なんとなく自分が向かいたい方向に慣性が働いているのではないかなと思う。