期待

期待を裏切られた時、人は憤る。「憤る」というより、怒り散らす、当たり散らすという表現の方が実際には近いかもしれない。

人(人に限らず、あらゆる生き物)はそれぞれが必死に生きていて、どうにか今を過ごしていると思う。これは別にネガティブな意味ではなくて、ポジティブにそうだと思っている。ありのまま、今そこにある世界をそのままに受け入れて生きるというのは、とても前向きで尊いことだと思う。

 

その中で、勝手な期待などは不要なようにも思えるのだけれど、人はどうしても何かを期待して、そして裏切られて憤る。期待や予想、予測という機能は、おそらくヒトの進化や発展を支えてきた大切な機能だと思うが、時として暴走することもある気がして、僕はそういった暴走はなんだか悲しいなと感じてしまう。

期待をしない、はおそらく難しいし、何かの発展を妨げてしまうように思うけれど、あまりにも勝手な期待は少しでも避けられるよう、工夫ができると良いなと思う。まあ、あらゆる期待は勝手なので、自分の「勝手」を知るということなのかもしれない。

 

これは僕自身もそうなのだけれど、人にはそれぞれにスイッチがあって、そのスイッチの周辺で何かが起きると勝手な期待をしがちなのかなと感じる。暴走するとなんだか悲しくて、後悔もしてしまう。なかなか他人に優しくはなれないけれど、自分自身は少しでもありのままに世界と向き合えるように工夫していけると良いなと思う。


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