幻想

僕たちが普通に見ているものは、脳が描いた幻想(ファンタジー)だという。それが儚い、とかいうことを主張したいわけではなく、物事をそのままに見ることはできないというシンプルな事象の話である。

一方で、僕たちは「あれはリンゴである」とか、「コップに水が入っている」といったことを驚くほどの一致を持って、身近な人と共有ができる。まるで同じものを見ているように、だ。

 

脳の機能としては、「それが何か(What)」を処理するストリームと「それはどこにあるか(Where)」を処理するストリームは別の回路として、並行して処理されるらしい。

境界に関する情報と、位置に関する情報が統合されて、記憶に導かれて、僕たちはあるものを見る。そんな風に考えると、他人とわかり合うなんてことは土台無理としか思えないのだけれど、僕たちはなんとなく、何かを共有して生きている。

 

視覚の話ではないけれど、例えば、好きな人と手を繋ぐと触れた箇所がたしかにぴたっと吸い付いているように感じる。晴れて気候の良い日に芝生に大の字になって寝転んでいると、青い空が頭の中に流れ込んでくるような感覚を覚えることがある。

僕たちはそういう幻想に生きているし、そういう幻想を描けなくなったら、人生は少し寂しいものになってしまうように思う。