空気

「空気がある」ということを考えた人はすごいなと思う。あまりに当たり前にありすぎて、まず存在を認知するのが難しい。

 

水に潜ると呼吸ができず、苦しい。この事実からは「水がある場所と無い場所は何かが異なる」ということはわかるが、水が無い場所に何かがあるどうかは確信しづらい。

空気の動きを「風」と呼ぶ。目には見えないが、空中(この名称が、その認知の難しさを表現している)には何かがありそうだと感じる。それがいわゆる「物」なのか、本当に「空」なのか。形があったり、質量があったりするものなのかどうかを知るのはそう容易くはない。

 

「空気に重さがありそうだ」ということを発見したのは、ガリレオ・ガリレイらしい。その発見から、我々の周囲にはどのくらいの重さ(「重さ」という表現は正確さに欠くが)の空気があるのか、それはどういう性質を持ち、どういう効用があるのか。「気体(ガス)」とは何かということが長い時間をかけて考察されていく。

マイケル・フェデラーの『ロウソクの科学』は有名だし、三宅泰雄の『空気の発見』は科学的態度を知る意味でも非常によい書物だと思う。

 

僕たちは空気は「当然」あると思っているが、では、地球はどのように空気を獲得したのか、空気は昔から「空気」なのかということについては、当然こうであるという考えを持ちきれないだろうと思う。

当然だと思っていることには、当然、それが当然であるだけの構造があるのだが、それを知るのは案外に難しい。当たり前がどのように当たり前なのかはとても大切な問題だと思う。

 

空気の発見 (角川ソフィア文庫)
三宅 泰雄
角川学芸出版 (2011-01-25)
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