おもいやり

なんとなく、「おもいやり」があった方が幸せなのではないだろうかと思うことが最近、増えたように思う。能力は大切だし、お金も大切だと思う。ただ、おもいやりもあった方が良いと思う。

 

僕自身は、今もそうだし、過去は今以上に、おもいやりに欠ける人間だという自覚がある。人を傷つけることが多いし、人を傷つけたことを悲しいと思うわりには素直になれない。どちらかというと、関わりを煩わしく思ってしまう。

過去より少しはましになったと感じるのは、自分が持っている能力もお金も大したことはない一方で、十分にありがたいくらいには恵まれていると思うようになったからだと思う。

 

要するに、僕はとても普通であると思う。普通だから、とりたてて徳も人望も無くて、たぶん、僕が思っている以上にいろいろな人のおかげで幸せだと思いながら生きている。

その総体を支えているのは、おもいやりに依るところが大きいと感じるようになったように思う。今はまだ、能力も大切だと思うし、お金もあった方が便利だと思う。人を憎く思うこともあるけれど、もっと衰えてくれば、まごころだったり、おもいやりだったりに依って生かされているという感覚はより強くなるような気がする。

 

生きる意味はもちろんわからないのだけれど、何かしらを考えながら、工夫していきながら生きていく気力を持てると良いなと思う。