健康であったり、病気であったりに関する議論はたくさんあって、「病気 = 身体が有している恒常性と現実生活にギャップが生じている状態」として、むしろ生活に関する振り返りと変化・発展の機会とする考え方もある。

それだけ、病にいかに向き合うのかという問題が人間にとって普遍的なのだろうと思う。

 

身体・精神に何らかの異常(変化)が起こり、社会生活に不都合が生じて専門的な治療を要する状態になると、世の中では一般に「病気」と言われると思う。

ただ、身体的なものにせよ、精神的なものにせよ、変化は日々生じているし、その中に病的なものを抱えているのが人間だと思う。生物は、機能としては停止(死)に到る道を進んでいる。別に身体的・精神的な不都合を特別なこととして扱う必要はないように思う。

 

痛ければ、それに対して工夫して生きる。苦しければ、辛ければ、それに対して工夫して生きる。だから、「養病(病を養う)」という考え方がある。

生きるという行為にはいろいろな側面があると思うが、病を養っていくというのは、1つの真実に近いのではないかと思っている。

 

どうせ一緒に生きていくのだから、闘っても仕方がない。友人にもなれるかもしれない。距離を置いて付き合うことも、昵懇することもあろうと思うし、そんな対象にするほどもないほどに身近なものであるようにも思う。