栄達

何かを求め続けるということ、まして、純粋に求め続けるということは尊いと思う。それが仮に「復讐」のようなものであっても、純粋であれば、その行為には尊さがあると思う。

極端な話、求めるものは何でも良いと思う。名誉や栄達、金銭や名声、そういったものであっても、純粋であれば良いと思う。純粋であるためには、どこまでも達しないような理想を抱く必要がある。

 

人間にとっては、得ることより守ること、捨てることが難しい。進むことより留まること、退くことが難しい。捨てなければ、求め続けることはできない。退けるかどうかで、人の品性が問われる。

凡人が失敗しないためには、手に入れ過ぎないこと、が大切だと思う。もう少し修養ができるなら、理想を遥かに抱けると良いと思う。「志在千里」、「凌雲之志」という言葉があるが、理想が遥かにあれば、今、目の前にあるものに対する執着を少しは解くことができるかもしれない。

 

栄達、というが、栄誉に達してはいけないのだと思う。純粋に求め続けること、ただ進み続けることでしか、人は美しくあれないのではないかと感じる。守ること、留まることは、おそらくものすごく難しい。

歩み続けていれば、そこに人間の尊卑は無い。まあ、そこまで言い切れるほど、僕は人間が出来てはいないけれど、そういう感覚を持っていたいなと思う。


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