エッセイ 襖絵 Posted on 2022年4月2日 by 瑞月 襖絵、というのは一種のVR(Virtual Reality、仮想現実)である、という体験をした。あるお寺で、非常に優れた襖絵の部屋を見せていただいたのだが、襖絵を描く絵師の方というのは描くにあたって、その部屋に何年も滞在...
エッセイ 生命 Posted on 2022年3月14日 by 瑞月 たまたま、生命、ということについて考えるきっかけがあった。考えた、といっても、自分の頭できちんと考えられたわけではなくて、そういうことを問題意識を持って考えてる方と立て続けに話をさせていただく機会があって、刺激をもらった...
エッセイ 断罪 Posted on 2022年2月28日 by 瑞月 「断罪」とは、罪があることではなく、罪があると決めること、処刑を行うことである。そして、世の中にあるもののほとんどは、罪ではなく断罪だ、と思う。 不安な人ほど、断罪をする。断罪は不安による支配のためのテクニックでもある。...
エッセイ 愛憎 Posted on 2022年2月3日 by 瑞月 恋人であったり、同僚であったり、そういったパートナーとの関係性を考えたときに、相手に暴力的な振る舞いをしてしまうという例はそれなりにあると思う。 DVやハラスメントというところまではいかなくても、信頼を築きたいのか、支配...
エッセイ 何者か Posted on 2022年1月18日 by 瑞月 生きていると、「あなたは何者か」という問いをしばしば突きつけられる。他人はもちろん、自分自身が問いかけてくることもある。 僕にとって自己紹介はかなり難しい部類の行為で、何を言っても嘘だと感じるし、相手に何かを伝える必要な...
エッセイ トラウマ Posted on 2021年12月11日 by 瑞月 僕はわりと意識的に、「できるはず、かならずできる」と思うようにしている。万が一、できなかったとしたら、それは僕には向いていないし、心を病ませるようなことはいずれにしてもやらない方が良いだろうとも思うので、反省しつつも少し...
エッセイ 失敗 Posted on 2021年12月7日 by 瑞月 心理的安全、というとあまりにも陳腐かもしれないけれど、間違えることが妙に怖くなる時期というのがある。そういう時期に入ってしまうと、いろいろなことが楽しめなくなって、恐れてばかりというモードになってしまう。 ...
エッセイ 純心 Posted on 2021年11月15日 by 瑞月 純粋とか純心とかというと、なんとなくポジティブなもの、たとえば好奇心や志であったり、尊敬や愛情であったりをイメージしやすいと思う。 もちろん、理想は人の心の透明度を高くし、ピュアにするものの1つだけれど、理想に心身を没頭...
エッセイ 印象 Posted on 2021年11月6日 by 瑞月 2年くらい前に上野の東京都美術館で「コートールド美術館展」という展覧会が開催されていて、本当に偶然に訪問した。「魅惑の印象派」という副題がついていて、モネやセザンヌ、ドガ、ルノワール、マネなどの有名な絵画を一気に見ること...
エッセイ 幻想 Posted on 2021年9月10日 by 瑞月 僕たちが普通に見ているものは、脳が描いた幻想(ファンタジー)だという。それが儚い、とかいうことを主張したいわけではなく、物事をそのままに見ることはできないというシンプルな事象の話である。 一方で、僕たちは「あれはリンゴで...